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2016-03-14 10:55 | カテゴリ:クラシック音楽
春が近づいてきましたね。
雪深く冬の長い地に住んでいる僕にとっては、とても特別な時期です。

このシーズンになると、決まって創作意欲に駆られ、作曲に没頭してしまうのでして、その結果ブログを3週間近く放置することになってしまいました。しかし意欲は失っていないつもりですので、今後ともよろしくお願いします。

さて今日は、先月の「音楽学のすすめ!」というイベントを終えた後の交流会、その中で生まれた面白い議論の話をしたいと思います。

Bar「Radio&Records」の隅のブースにて。僕と、イベントに来てくださった音楽に詳しい3名の男性(年齢層、専門ジャンルの異なる)が、2時間以上にわたり、酒を飲みながらあれやこれやとディープな音楽談義をしました。

その中の中心的なテーマは、「音楽史」と「世界史」の符合について。そのキーワードとして、「自然倍音」がありました。

「自然倍音」については、このブログでもこれまでに何度も触れています。
初出はコレ『天元突破グレンラガン』その音楽!〈自然倍音〉
です。(その後も何度か触れているので、「自然倍音」でブログ内検索してみてください。)

自然倍音

さて、おさらいですが、一番左端の音を、ピアノなりコントラバスなりでボーンと鳴らすと、実は鳴らしてないはずの高い音〈自然倍音〉が理論的に、物理的に無限に発生しており、その微弱な振動を人間は無意識的に聴いており、音の印象に加味している、ということです。

さて、ここで面白いのは、西洋音楽史におけるそれぞれの時代の楽音(曲に使われる、音符としての音)を、楽譜における垂直面で見た時、すなわち「和音」(ここでは、一度に鳴らされる楽音の意)を見た時、時代が下るにつれて「和音」は重積され、そしてその重なり方は「自然倍音列」と概ね一致する、という話です。

図を見ながら解説していきましょう。
「中世」。13世紀以前は、現在のように機能的に和音が用いられることはありませんでした。つまり、基本的に、単旋律で、「基音」のみでした。
しかしその単旋律が15世紀ルネサンス期に複旋律になると、その重なりによって「和音のようなもの」が生まれていました。といっても、上の図の「基音〜第4倍音」までの範囲。つまり、ドとソのせいぜい2種類の音くらいが、標準的な範囲でした。

それが17世紀のバロック音楽になると「基音〜第6倍音」まで、つまりドミソの3種類が標準になってきます。
こうなってくると、立派な和音感が出てきます。

そして18世紀〜19世紀半ば、古典の終わりのベートーヴェンや、ロマン派始めのショパンなんかでは、「基音〜第7倍音」まで、つまり「ドミソ♭シ(属七)」の和音、セブンス・コードなんかが標準的になってきます。

19世紀後半〜20世紀初頭では、「基音〜第9倍音」、「ドミソ♭シレ(属九)」の和音、ナインス・コード。

1910年頃には、「基音〜第11倍音」(「変位和音」やイレブンス)、「基音〜第13倍音」(スクリャービンの「神秘和音」)やラヴェルのサーティーンス・コードが揃い踏みとなるわけです。

そして此処から先はもはや怪奇の世界。第16〜20倍音ともなればそれは「それまでの楽音」を越え、シとドの半音やドとド#のさらに間の音、いわゆる「微分音」を用いたり、全ての鍵盤をグシャっと鳴らすような「トーンクラスター」という、いかにもな現代音楽の世界に突入します。

これらを前提に、この和音の重積化がなぜ、時代とともに進んだのか?という根拠の議論がメインテーマなのですが、ひとまず今回はこれにて。

…つづく。
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