2016-02-06 19:23 | カテゴリ:クラシック音楽

前回まで、主音倍音強度による和音の機能の違いについて述べてきました。
しかし、あの説では、最も大きな機能和声法の原則を説明していません。

ソシレ(V)のシ(導音)はなぜド(主音)に進行を限定されるのか。
ソシレファ(V7)のファ(第7音)は、なぜミに解決させられるのか?

いままでの倍音について少し忘れて、「実音」について見ていきましょう。

ハ長調(Cメジャー)で考えた時

①ドミソ(I)とラドミ(VI)、ミソシ(III)は、「トニック」圏の和音

②ファラド(IV)とレファラ(II)は「サブドミナント」圏の和音

③ソシレ(V)とシレファ(VII)は「ドミナント」圏の和音

です。機能和声法では、①トニック→②(サブドミナント)→③ドミナント→①トニック→ …

という和声の繰り返しが、大きな基本パターンです。

これを、古典的な7種類の「三和音」で考えると非常にややこしく、多くの初期学習者を悩ませます。

なので、同じ機能圏の和音同士を、三度間隔になるよう、それぞれくっつけて、後期ロマン派以降、もしくはジャズのような「拡大和音」としてまとめてしまいましょう。

①トニック圏…    ラド ミソ シ(Am9)
②サブドミナント圏… レファラド ミ(Dm9)
③ドミナント圏…   ソシ レファラ(G9)

これで、7種類の和音が3種類に圧縮されました。
さてここで、あえて上の音名を左上のラから、右方向に「縦読み」してみましょう。

ラレソドファシミラレソドファシミラ…(繰り返し)

となり、ラ→レ→ソ→ド…と、「四度上昇」の繰り返し(=「五度下降」の繰り返し)であることが分かります。
しかしここで、一つだけ「間違い」があります。ファ→シ(=シ→ファ)は「増4度(=減5度)」であるということです。
本来、ファからシ♭に行かなければならないのです。

この増4度の音程は、独特の緊張感を持った「エラー」のように聞こえます。
しかし、このエラーのおかげで、「四度上昇」の繰り返し(=「五度下降」の繰り返し)は、中心性を持った7音の円環が完成します。
もしこのエラーが無ければ、#や♭のついた音まで出てきてしまい、12音全てが均等に出尽くしてしまいます。

そしてそこは「中心性」のない、虚空の世界です。(20世紀のはじめ、シェーンベルクさんをきっかけに、多くの作曲家がこの虚空に飛び出していきました。)

しかし、音楽を安心して聴いていたい、重力のある地球で暮らしたい、という一般的な方にとっては、中心音というものが必要です。
風で持ち上げられた木の葉が宇宙まで行くことはありません。地に落ちなければならないのです。
水蒸気は熱せられますが、そのまま熱せられプラズマ化して水素になって宇宙に昇っていくのではありません。上空で冷やされて水や氷になって、低いところへ落ちていきます。
励起状態の原子は、基底状態へと戻ります。

音楽においても、エラーの出現頻度と、それを正そうとする機能が、全体に「ゆらぎ」と「中心性」の「調和」をもたらします。
人間社会の多様性と進歩のようなものですね。

(このエラーは、あくまで古典的な機能和声法の中での話です。後の時代、近現代、特にスクリャービンの後期作品では、機能和声法から完全に離脱しており、曲の最初から最後までこの「エラー音」に満ちています。そればかりか、そのエラーを厳格な別の和声システムに従わせています。そのせいか、多くの人が彼の音楽に「宇宙空間」と「非社会性」を想起させます。)

…というわけで、少し回り道しましたが、今回の論証は前回までの「科学的根拠」に基づくものではないので、ここであえて「観念的に科学的な」例を出してみました。

話を戻すと、ドレミファソラシドの、4度(or5度)で「秩序」付けられた音階には、増4度(=減5度)という「エラー」を含んでいること。そしてシ♭がシ♮に改変されていること。
その特殊な「励起状態」は、最小のエネルギー放出で「安定状態」に至ること…つまり、増4度という励起状態を、最小の「半音」移動によって協和音に解消することが大事なのです。

無限性を持ちかねない音組織に、あえて有限性とエラーを与えることで、中心性と調和が生まれるのです。


音階も同じで、エッシャーの有名な「滝」の絵のように、実は作り物のマヤカシだとしても、綺麗な循環を作ることが大事なのです。始まりと終わりに段差をもたらすことで、解決感と円環を同時に産んでいるのです。

エッシャー『滝』


(筆者自身の感覚として、導音→主音の力学というのは、実証することのできない「見せかけの力」だと思っています。
例として、人は「遠心力」という言葉をよく使いますし、実生活でもその力を体験しますが、「遠心力」という力は本来存在しないものです。物体の運動時に掛かる「慣性の力」が、円運動では「外側に」働くだけなのです。それと同じことが、導音→主音にも言える気がするのです。)

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